以前から、会計事務所は決算業務の代行という《労力提供》よりも、企業経営や資産管理のパワフルなアドバイザーになるべきだと申し上げて来ました。それが今、現実的に不可欠なものとなりつつあるようです。

1.大問題を前にして考える時間さえ持てない

約20年前(2002年4月)には、士業の広告が解禁され、会計事務所がマーケティングに取り組まなければならないという、かなり大きな変化がありました。ところが今、デジタル化(クラウド化)の流れの中で、当時とは比較にならないほどに大きな変革の波が押し寄せ始めています。
ただ、計画経営であれ一般的な相続税対策であれ、自社株評価を含む事業承継対策であれ、得意分野を持つならば、この流れの中で、むしろ活躍の可能性が広がるとも言われています。
では、《得意分野を持つ》とは、いったい何をどうすることなのでしょうか。

2.他業を例にすれば《得意》の意味が分かる

たとえば住宅リフォーム業で、総合的な展開を進めるA社と、カーポート設置が特別に得意なB社があるとします。カーポートの設置なら、同じメーカー品を使っても、B社のコストはA社の6~7割程度なのです。
B社にそこまでできる理由には、特に基礎工事部分に関わるメーカーの施工基準を、自社の経験から簡素化しているところにあります。カーポート分野では実績が乏しい大手のA社では、メーカーの施工基準に反する工事には踏み切れません。
『メーカーの仕様を無視して大丈夫か』という疑問は当然ですが、『むしろ、仕様通りに基礎工事ができないケースの方が圧倒的に多い』と指摘するB社では、『創業以来30年、大型台風以外で(自社工事の)カーポートが壊れたことはない』と言い切ります。
工事費用のみならず、その管理費も高いA社に比べ、職人社長が、カーポート分野にビジネスを絞って営業も工事も実施するB社の工事は、工法に迷いがない分、工期が短くコストも格段に安くなるのです。
その意味では、得意分野とは《業務の段取りの経験的な完成度が高い分野》だと言えるかも知れません。

3.将来性のない業務を持ち続けるのは非合理

しかし、現実問題として、日々煩雑な業務に追われる会計事務所が、新たに《計画経営や死産税対策の段取り》の完成に取り組めるのでしょうか。
そこで、まず『今、多忙の原因となっている決算業務や、それに付随する労力提供型の業務は、果たして今後も自事務所の実り多い業務であり続けるだろうか』と自問してみます。もしその答えが《イエス》なら、今日の煩雑さは将来《花開く》かも知れません。
しかし《そうではない》なら、いずれ手元を離れてしまいかねない業務に今、大切な時間を奪われていることになるのです。そこで、一旦《大胆な発想》を試みます。

4.大胆に会計事務所の基幹業務を企業に移管

たとえば、従来の基幹業務を単に《失う》のではなく、顧問先や関与先に《意図的に移管してしまう》ことを考えるなら、1つの可能性が生まれて来るからです。《移管》とは、関与先企業が記帳から決算業務や税務申告までを《自社でできる》ようにするということです。
それは、企業がクラウドの会計ソフトを自在に活用できるようになれば、かつての自計化よりも容易なことではないでしょうか。もちろん、会計どころか簿記の知識もない企業には、それは高いハードルになるはずですが、デジタル化の中では、企業にとっても業績管理(経営管理)は必須の自社業務になり得るのです。
つまり、決算業務を社内で行わなくても、経営管理のための会計(管理会計)を実施あるいは習得しなければ、今後は益々適切な経営判断ができなくなってしまうということです。

5.財務諸表等が読めないと経営判断は困難!

こんなことを言うと、『中小企業ではスーパー営業マンである経営者に管理の負担をかけてはいけない』と反論されるかも知れません。しかし、そもそも営業活動や事業運営に際して、経理や会計あるいは財務の見識が必要ないと考えている方が不自然だったのではないでしょうか。
事業成果は、経営者の判断に非常に大きく左右されます。今後はさらなる変動の中で、その傾向は強まって行くでしょう。そんな中で、経営者が《簡単なシミュレーションも(理解)できない》なら、いったい何をベースに適正な判断をするつもりなのでしょう。
経営者には、自宅で深夜にでも簡便計算ができる《経営管理知識》が既に必須になっているのです。

6.簡単なシミュレーションができる能力教育

そして、無理なくシミュレーションができるようになるために、その第一歩として《決算業務の教育》から始める必要があるのです。基礎業務を知らなければ、適切なシミュレーションは望むべくもないからです。そして、そのための教育は、これまでの顧問料の範囲内で行ってもいいでしょうし、別途動機付け提案書を作って有料化してもよいでしょう。
いずれ決算に関わる顧問料は、大幅な引き下げ対象になるでしょうから、この教育ビジネスは、ある種の時間稼ぎになり得る可能性があります。その結果、会計事務所は労力提供ではなく、決算の指導や監査を行う存在に移行する基礎が出来上がるわけです。

7.煩雑な業務を引き受けるのはやめる方向!

企業が自ら決算や申告の業務を行うようになれば、(教育収入を獲得できる)当初はともかく、先行きでは会計事務所の煩雑業務は減るでしょうし、いわゆる記帳代行業者にも対抗し得るベースが生まれます。そもそも、自分で決算ができるようになった企業に、記帳代行業者は必要なくなる一方で、その業務の助言や指導を行う会計事務所の重要性は高まります。クラウド化の中で、誰が淘汰されるかは、今後の活動の方向性次第なのではないでしょうか。
その後、決算の指導が終わったら、次には短期のシミュレーション計算の方法を教えます。更に、予実管理経営計画も、自社に必要な範囲で自力で作れるように指導すべきです。もちろん基本的な相続税計算も、計算の構造が分かれば、自社株や不動産等の資産評価を除いて、企業にもできるようになるはずです。

8.企業が自力で行うことにはチェックが必須

企業にできるようになったら、会計事務所は不要になるのでしょうか。否、いくらチェック機能がシステムに内在していても、その内容の是非については専門家のチェックが欲しいものでしょう。
そのチェックに、経営管理教育が重なると、新たな形の顧問料確保が可能になりそうです。もちろん、それでは不足かも知れませんから、計画経営相続対策のみならず、資金調達施設や設備のスクラップ&ビルドあるいは商品や工場や営業拠点の新設や閉鎖等の《事業のリストラ》までをも、財務視点から提案して行く道が必要になります。いや、そんな取り組みはイメージできないと言われるでしょうか。

9.経営管理は計算によって選択肢を作る仕事

大企業でも、商業簿記程度の見識しかない若手が、『経営陣の考えることを数値に落とし込んだら、どうなるか』の試算に取り組んでいるうちに、いつの間にか、経営管理の専門スタッフに化けて行くものです。
経営管理は、思考を数値に落とし込むことから始まり、その結果をシミュレーションを通じて多様な選択肢にすることで完結するものです。先生方にできないはずがありません。
経営管理を難しい理論で語る人は少なくありませんが、『それはきっと、実践経験がないからだろう』と言うと叱られるでしょうか。

10.事業ある限り必要性が失われない専門機能

経営管理、すなわち経営判断のサポートは有意義な選択肢を作ることによって完結します。その選択肢で判断するのは経営者自身の役割だからです。判断の後、実行するのも経営者の役割です。
しかし、実行し始めると『それが当初の見込みに対して妥当かどうか』を知りたくなるため、経営判断完結後も、初期判断の妥当性をチェックしながら軌道修正を助言する経営サポートの役割は終わらないのです。
難しく考えれば考えるほど、不可能に見えて来るものも、とにかく一歩踏み出すなら、一つの実務として簡潔な完成形を見せ始めることが少なくありません。
2023年はデジタル化の流れの中で、以上のような想定を、皆様方とご一緒に、一つずつ具体的に《形》にして行く年にしたいと考えています。