『中堅中小企業の経営者のマネジメント意識は薄い』と言われることがあります。そのため、決算分析や計画経営を提案しても《乗って来る》経営者は少ないとされます。
しかし、そのように経営者が見えるのは、いわゆる《同族企業》の経営者には《2つの顔がある》という、当たり前の現実を見落としてしまうからかも知れないのです。

1.中堅中小企業の経営者には2つの顔がある!

申し上げるまでもなく、同族企業と呼ばれる中堅中小企業経営者の2つの顔とは、《経営者》と《所有者=株主》の両顔です。株式上場企業では、この《経営と所有》の主体は分かれているため、極端に言えば、経営者はマネジメントに専念する以外仕事がないとも言えるのです。しかも(上場企業で)経営者になる人は、ライバル達とマネジメント力を競い合いながら、いわゆる《出世街道》をばく進するわけですから、マネジメント意識が高いのは当然かも知れません。
では、中堅中小企業では《どう》なのでしょうか。

2.中堅中小企業の経営者が置かれる微妙な立場

中堅中小企業の経営者は、マネジメントよりも《所有者》としての意識が強いと言うと、確かに、あまりピンとは来ないかも知れません。経営者の中には、純資産(株主資本)の増減よりも納税額の方を気にする人さえ、少なくないからです。
しかし、何度も株式の売買を繰り返しながら利潤を得る上場企業の株主ではなく、最初に出資をすれば、それ以降は、特別な必要でもない限り出資をしない中堅中小企業のオーナー達が、一般の《投資家》的ではない面を持つのも、頷ける部分があるのではないでしょうか。

3.経営者が事業推進に《没頭》してしまう背景

公開株への投資家が《売買》によって利潤を追求する一方で、そんな《売買》の余地がない中堅中小企業の経営者(自社株オーナー)は、《事業》でしか利潤を上げられないと《感じる》はずだからです。つまり、純粋な投資家も自社に出資した投資家としての経営者も、利潤を追求しているという点では同じなのです。
その結果、中堅中小企業経営者は、投資家的感覚で《事業推進》に没頭するようになります。純粋な投資家が株主総会で《あれこれ言う》ように、あるべき事業推進に自分の時間とエネルギーを捧げるようになるということです。

4.事業の成功は経営者の懐を豊かにはしない?

ところが中堅中小企業のオーナー経営者(以下、経営者)は、ある時《大変なこと》に気付きます。それは『どんなに事業推進に精魂を傾けても、自分自身の懐が豊かになるわけではない』という現実です。基本的に経営者自身が得るのは、法人からの報酬でしかありません。
交際費や会議費や交通費を湯水のごとく使っても、懐の内実が大きく変わるわけではないでしょう。結局、支出してしまうものだからです。逆に、事業が軌道に乗ると《人》を増やさねばならず、その人たちを養うために、どんどん多忙化して行くのです。忙しさばかりではなく《リスク》も拡大します。

5.マネジメント手法に一度は興味を持っても…

そんなタイミングで、経営者は《マネジメント手法》習得に意欲を燃やし始めることが少なくありません。『私も勉強しなければ…』と言い出すわけです。しかしマネジメント理論のほとんどは、大企業の専業的な経営者向けであって、投資家の顔をも併せ持つ持つ中堅中小企業経営者のためのものではありません。
《株式の時価総額》を引き上げることを目指す《一般的なマネジメント理論》は、投資家としての経営者の『私自身が利潤を得たい』という欲求に答えないからです。会社の株式の時価総額を引き上げても、中堅中小企業にとっては相続税が高くなるだけかも知れません。

6.諦めて意欲を失う中堅中小企業経営者の内面

もちろん、株式会社の仕組み上、同族会社のオーナーが株式投資家のような利潤を獲得することは、企業を売却でもしない限り不可能に見えます。その結果、経営者の心中には、だんだん《投資家的な利潤追求に対する諦め》が広がります。中には、事業運営にもマネジメントにも興味を失う人が出てしまうのです。
そんな経営者に、マネジメント理論の正攻法でマネジメント意識を持たせようとしても、確かに暖簾に腕押しかも知れません。マネジメント意識の動機付けは《不可能だ》あるいは《無意味》に見えるということです。しかし現実には、経営者にも会計事務所にもマネジメント意欲の源になる《視点》が存在するのです。

7.経営者が得るべき報酬は月次報酬に限らない

その《視点》とは、素朴な言い方をすれば、経営者が『私が始めた会社から、終わりの時に、どれ程の報酬(投資益)を受け取れるだろうか』と考えてみることです。後継者がいるなら、その報酬は退職金と、その後に重責を離れた状態で、引き続き得られる月次報酬の合計でしょうか。
後継者がいないなら、事後終焉時の清算自社売却の際の益が《利潤》になるはずです。『否、事業が継続している間の報酬で満足だ』と経営者が言うなら、その人は《経営者+サラリーマン》であり《経営者+投資家》ではありません。それが悪いとは申しませんが、多分その感覚では《終わり方》に失敗する可能性が高いでしょう。投資家は《売り抜ける》ことが《利潤の源》だと知っていて、それを実践するから成功するのです。

8.手放す時に《利潤》を出すのが投資家の魂?

経営者が、事業承継であれ、事業清算であれ、事業売却であれ、終焉、つまり《自社株を有利に手放す》方法を考えるようになれば、まず《投資家としてのマネジメント意識》が生まれるはずです。事業承継対策を《相続税納税対策》で終わらず、『あなたは自分の事業でいくら儲け得るか』を、概算でも試算しようとするだけで、経営者が持つ潜在的な投資家意識に火を付けることができるわけです。
もちろん諦め切った経営者には、そんな火種は残っていないかも知れませんが、そう見える経営者でも、事業と自分の関係がなくなる際に《大きな損》は出したくないでしょう。損を避けるのも投資家的手腕です。

9.最終ゴール想定から始まる2つの顔の目覚め

最終ゴールが多少ともイメージできると、それまでの《過程》が気になり始めます。つまり、事業の長期展望とか中期経営計画とか、それらを実現に向かわせる予算運営(予実管理)等に興味が湧き始めるということです。ただし、それは一般的なマネジメント理論に向かうのではなく、多分《自分流のソロバン勘定》になるでしょう。
中堅中小企業の経営者は、事業運営の前提となる商品や人材を、こう言ってよければ根本的に変えられるからです。事業構造で儲ける大企業とは、そこが大きく違います。『この商品が儲からない』なら『別の商品に入れ替えればよい』のです。商品別利潤の改善計画など、面倒なだけかもしれません。

10.経営者に自己流のソロバンを持たせる効果!

そして、その《自己流のソロバン勘定》こそが、中堅中小企業のマネジメントなのだと思います。経営者は実践者なのです。『否、実践を旨とするスポーツマンでも理論を重視する』と言いたくなりますが、スポーツマンが肉体上の理論を重視するのは、他者と露骨に競争するからだと思います。
『自分が満足できればそれが一番』の経営者には、《自分のソロバン》を持たせなければ効果はないでしょう。そして、その《自分のソロバン》を、自分の考え方をベースにして、自分の代わりに弾いてくれるのが会計事務所なら、経営者にとっての会計事務所のポジションは、また一段と上昇するはずなのです。もちろん、支援の有料化は当たり前でしょう。

11.時間は掛かっても最初から有料化できる業務

つまり《経営者を卒業する際に自分が得る利潤》を、事業承継や事業終焉や事業売却をベースに《想定》して《投資家意識》を刺激し、その後に『自分で事業を推進しているのだから、事業の先行きを何とでもできる』と実感させ得るなら、マネジメントに無頓着な経営者をも《計画経営》に向かわせることが可能になるケースが増えて来るということです。
これは、多少の時間は掛かっても取り組む価値はあると思います。この経営支援は、事業承継等のプラン提案の初期段階から会計事務所の有料提案になり得るからです。資産税対策を発展的な経営支援の起点にできるということです。

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