経営者が専門見識に敬意を払う関係作り
経営者に、専門的見識から《経営上の助言》を行うのは、案外難しいものだと思います。それは『経営者の頭が固いからだ』と言いたいところではありますが、もっと《現実的な理由》をも捉えておくべきかも知れません。
(執筆:森 克宣 株式会社エフ・ビー・サイブ研究所)
1.決算上の指摘に身が入らない経営者
年度決算見込みが出た段階で、経営者との会合を持っても『(経営者が)節税の話以外に興味を示さない』ことがあります。
それは一見『自社の損得以外に関心がないからだ』と思いたくなりますが、実は経営者には《専門見識に対する根深い懐疑》があると捉えるべき時の方が多そうなのです。
2.専門見識に対する根深い懐疑とは?
その《根深い懐疑》の特質は、会計学を含む《経営論》は一般的な抽象論に過ぎないという感覚です。たとえば、特定商品の売上が昨年よりも10%以上落ちたとします。外から見れば、由々しきデータだとも言えます。
そこで『A商品の売上が落ちましたね。何か問題でもあったのですか?』と聞くと、経営者は『いや、別にたいしたことではない』と答えます。『資金収支上でも問題が起きるかも知れませんので、原因を特定しておいた方が…』と付け加え始めると、更に『何も問題ではない』と、経営者には突っぱねられるかも知れません。
3.実績数値が現実を示すとは限らない
その時、問題指摘の姿勢ではなく、『A商品の売上減少には、社長、何か理由があるのですか?』と質問してみます。すると経営者は『いや、大口の取引先が在庫調整をしたいと言うので乗っただけですよ』と返して来るかも知れないのです。
しかも『ちょうど、うちの生産現場にも病人が出ていたため、減産のタイミングが合って…』という説明が加わることもあり得ます。
4.事実が分かるよりも更に大きな効果
そんな類の対話には、『事実が分かってよかった』という点だけではなく、更に大きな効果が《見えない部分》で動き出していることが少なくありません。その効果とは、端的に言うなら、その後は徐々に《経営者が経営の話をし始める》ということです。会計事務所に《関与先の実情》が明かされるようになり始めるわけです。
上記2つの《対話》の違いは《どこ》にあるのでしょうか。
5.抽象的定説論ではなく現実論が大事
前者の『売上減少=問題』というのは、理論的な定説です。その背後に実際の問題が潜む時でも、指摘自体は《理論的=抽象的》でしょう。しかし、経営者のマネジメントは、理論でも抽象論でもなく《自社の具体的な現実》を対象にしています。
そこは『現実を知らずに、抽象論でとやかく言われる筋合いのない分野』なのです。そのため、確かに程度差や温度差はありますが、経営者の多くが《高度な経営論》でさえも《机上の空論》と呼ぶことがあるのだと思います。
経営者にとって、自社の具体的特性に当てはまらないのは、全て《空論》だからです。
6.抽象的定説論が重要になる時点とは
そんな風に捉えると、経営者が《節税》には関心を示すという現実も、当たり前に見えて来ます。節税は、具体的に《自社の資金負担》に関わることだからです。
ただしその際、経営者が《会計上の見識》に乏しいと、軽減できた法人税等の背後に、もっと大きい《自社の純資産減》が生じていることに、気付かないケースが出る可能性が否定できなくなります。
つまり、《節税》という成果が見えやすい分野でも、専門的見識を理解すること、あるいは少なくとも《関心》を抱くことは、本来、どの経営者にも必須なはずなのです。
7.語り掛け1つでも変わり得る関係性
ある経営者の集いで、在庫管理の話を始めた時、ある小企業の経営者が居眠りを始めたことがありました。小規模の自社には無関係だと感じたのでしょう。他者の話の最中に眠る行為は、《逃げ出す》あるいは《反感》をあらわにする行為です。
ところが、その経営者は『古い在庫から取り出すという習慣が身に付いていない企業では、古い在庫品の経年劣化で廃棄処分品が出ることがある。そして、その実態を、ほとんどの経営者が知らない』という話で、目を開けました。
8.居眠りしていた経営者が目を覚ます
在庫評価法の話は《抽象論》でも、在庫品をタイミングよく使えない話は《具体的現実》なのです。そして『在庫評価の先入先出法は、現実の在庫品処分と合致していなければ、不良品の続出で、単なる机上の数値になってしまう』と指摘すると、経営者の眠った頭に、『会計数値は事業実態の表現なのだ』という感覚が芽生え始めたのでしょう。
関与先であれ新規先であれ、セカンド・オピニオン先であれ、事業と経営の現実を共有することは、単に《コンサルのチャンスの芽》になるだけではなく、《経営者にとっての会計の役割》の重要性を理解し始める《起点》にもなり得るのです。
9.業績は経営者の意図を反映したもの
そしてその《起点》形成は、難しく捉える前に、1つの姿勢を意識することで、徐々に、時には急速に始まります。
その《姿勢》とは、『会計や経営の常識(理論)からすれば、これは問題だ』という語り掛けではなく、『結果がこうなっているが、これにはどんな事情や意図が反映されたものだろう』と、専門見識者が《自問》した上で対話を始めるという基本的なことです。
10.企業との関係性のバージョンアップ
業績は、事業環境ばかりではなく、経営者の判断や意図を《反映》するものです。そして、その《反映》を観察することで、経営者自身が『勘違いによる判断』に気付くなら、経営学を学ぶよりもはるかに意味のある《学習》になるはずです。
私たちが、個人的な生き様の中に様々な勘違いを抱いているように、経営者も日々の活動の中で勘違いを抱くことがないとは言えません。そして、それを正してくれるのが《業績数値と実際の事業とを照合しながら捉える姿勢》であり、その捉え方について助言してくれる会計事務所の支援にあると、経営者が少しでも自覚するなら、企業と士業の関係は《更なるステージ》にバージョンアップして行くと期待できるのです。
