迅速で的確な経営判断のために、月次試算表は極力早く経営者の手に渡るべきだという考え方は、ずい分前から常識になっているかも知れません。しかし、経営を実務的に捉えるなら、『その常識は本当にそうなのだろうか』と、一度疑ってみるのも重要になりそうなのです。

1.業績は想定通りには実現されないから

企業規模が大きくても小さくても、業績が経営者の《思惑》を外さないという状況はあり得ないでしょう。月次取引の量と料が、予め定められているような《下請け》ビジネスでも、いつ《元請けの事情変化》のあおりを受けないとも限りません。
そのため、予算を組んでいようがいまいが、先月の月次実績を的確に把握して今後の対応策を練りやすくするために、月次試算表は《素早く》経営者に届けるのは、至極当たり前のことのように思えます。

2.試算表を受領した経営者にできること

ところが、たとえば当月の3日に、先月の試算表を受け取ったとして、企業と経営者にいったい何ができるでしょうか。その月の残りの日々の活動を《どう》見直せるかということです。
たとえば、先月の試算表で原価が異常に高騰している事実が具体的数値で浮き彫りになったとします。その原因を追究すると、売上が想定あるいは予算より落ちたにもかかわらず、生産あるいは仕入れを調整できず、原材料や仕掛品や商品の《在庫管理》が適切でなかったため、異常な原価高騰につながったのではないかと推測されました。さて、果たして何ができるでしょうか。

3.月初になって先月の分析を始めても…

よほどアバウトな経営をしていない限り、経営者はまず《できること》、すなわち《在庫量把握》と《在庫の評価》に手を付けるでしょう。先月の売上が落ちた故の原価高騰なら、当月の製造や仕入れの量の調整を通じて、計算し直された月末在庫を、今月の原価に組み入れることができるからです。
しかし、その在庫の再把握に掛かる時間は3日でしょうか。それとも1週間でしょうか。既に今月の事業活動が始まっている中で、正確に月末在庫を把握することができるのでしょうか。こんがらがると、それはただ《面倒》なだけの作業になります。答を出しても、既に月半ばになっていることもあり得るからです。

4.経営者の実務は《月》単位で繰り返す

しかしこの企業の経営者に、もしも自らあるいは部下を使って、各月の月末が来る前に、その月の業績をアバウトでも把握する《技能》があればどうでしょうか。
少なくとも、『ああ、今月もあと一週間で終わるが売上が芳しくない。生産あるいは仕入れ調整が必要になる。来月以降の活動のために、今月末の《棚卸し》は、しっかりやるように各担当者に指示しておこう』と思えるでしょう。
現場の担当者は、常に在庫管理をしていても、していなくても、《当月末に在庫把握をする》ことになります。それは、翌月に入って行う在庫管理より、はるかに把握しやすいものになるはずです。

5.月初の先月実績内容は扱いにくいもの

営業先への販売促進法を見直すような場合も、『今月の残り一週間で、どの売り先に販促を掛けるか』と考える方が、翌月になって『どうするか』と試行錯誤するより、検討内容が現実的になるばかりではなく、経営者も現場も《意欲》を持ちやすくなるはずなのです。
つまり、もしかしたら《翌月の素早い試算表提供》は、実は《それほど経営実務に寄与していない》かも知れないということです。試算表提供が遅くて良いと言っているわけではありません。ただ、当月の『月末までにどうするか』を考える方が、翌月の初頭や半ばで『今後、どう方向性を調整するか』を考えるより、本来の経営実務に適っているのではないかと申し上げたいわけです。

6.自分で当月の業績を《推定》する能力

そのため、もし経営者に《概算で自社の当月実績を把握》する能力があれば、経営行動は大きく変わる可能性があるとも言えます。逆に、たとえ月初の3日や5日に先月の試算表を出されても、『もう既に今月は動き出している』と感じる経営者には、もどかしいものになりかねないのです。
もちろん、最終的な《年度決算》で帳尻(見込みや予算)合わせをしようとするような計画的な経営者には、年度の初期数カ月の月次試算表は、年度の中盤や後半の行動指針作りに役立ち、年度の後半の月次試算表は、帳尻合わせの可能性確認や、帳尻が合わない時への準備等のために意味を持つはずです。

7.経営者は試算表には興味が薄いかも…

計画意識の強い経営者が会計事務所業務に感謝をし、そうでない経営者が、会計事務所に《節税》しか求めないとしたら、上記のような背景があるからかも知れません。つまり《計画性に乏しい》経営者に、頑張って試算表を早期に手渡したところで、経営の姿勢や方向性が変わる可能性は小さいと言うことです。
計画性に乏しい経営者は、結果的に自社事業を『成り行きに任せている』ため、倒産の危機を感じるまで、特段何もしないからです。毎月の試算表も、その《成り行き》を報告してくれるものであり、それほど早く知る必要性を感じていないかも知れません。

8.計画性豊かな《人》になる始めの一歩

では、計画性豊かな経営者に《なってもらう》ために何が必要なのでしょうか。それは、計画経営の理論や重要性の認識ではないかも知れないのです。ただ『当月末時点の業績の想定が、当月中に行える基礎的な計算能力さえあれば、計画性は徐々にでも育つ』とも考えられるからです。
高度な理論や手法は、そうした基礎的な計算力習得意欲の障害になるかも知れません。むしろ既に自計化が進んでいるはずの今日、経営者に《今月どうなるか》の見通しを《言わせてみる》だけでも、効果的な経営意識指導になり得るようにも思えるのです。

9.見通し内容がたとえ未熟なものでも…

その経営者が《言わされた》見通しは、たとえ未熟に見えても、あるいは間違いだらけでも、翌月初頭に今月の試算表が出されるわけですから、それ程大きな問題にはならないでしょう。極論すれば、見通しの精度自体は《どうでもよい》とさえ言えるのです。
経営者自身が《当月見通し》に、自分の能力の範囲内で取り組む目的は、経営者に『自分の見通しを試算表の数値に近いものにしたい』という願望を目覚めさせるためのものだからです。そして、その願望が《マネジメントの基盤》になるからです。

10.現実的なマネジメントの基盤とは…?

マネジメントには、様々な理屈や手法がありますが、『自分の想定通りの結果を出したい』と思うのでなければ、いかなる理屈や手法も無用の長物になりかねません。
そんな風に捉えると、経営者の人となりを知っている会計事務所が、《業績当てゲーム》のようなものを始めることが、最も効果的な経営指導になり得ることを、実感できそうに思えて来るのです。
中堅中小企業の経営者はマネジメント意識が低いのではなく、《業績当てゲーム》の楽しさが分かっていないだけだと感じることが、先生方の経営指導のスタート点だと申し上げたいわけです。

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