『数字に弱くても経営ができる』と言うのは、現実を見る限り、どうやら本当のようです。しかし『その経営者が数値をもっと把握すれば、更に好ましい経営ができる』のも、疑いもなく本当のことでしょう。
《業績数値》と《経営実践》は、昨今のような情勢下では、もっともっと歩み寄る必要がありそうです。

1.経営者は決して数字に弱いわけではない

『私は数字に弱くて…』という経営者は、たぶん、本当に数字に弱いわけではないでしょう。そもそも計算が苦手なら、経営者のポジションをとることは苦痛でしかないからです。それに、『数字に弱い』とか『数字が苦手』という言い回しの裏には、重要なメッセージがあると捉えるべき時が多そうなのです。
その一方で、『私は業績数値を把握している』という経営者の方が、案外、数値を捉え切れていないかも知れません。そんな風に考えてみると、決算分析ばかりではなく、計画経営の指導や支援にも面白い側面が見え始めるのではないでしょうか。

2.《分析》という言葉本来の意味を考える

たとえば、刑事ドラマで《科学捜査研究所》が、被害者の靴の裏に付いた土の成分を《分析》するシーンがあります。そして、どこそこに多い粘土質の土と、何々の植物の花粉が付いていた等と《分析結果》を報告するわけです。
しかし、その報告を受けた刑事が『あ、そう』で終わるなら、その分析に意味は生まれません。最低限でも『そうか、これで被害者の足取りが分かる』という発想が必要になるのです。つまり、客観的な数値等を示す《分析結果》は、結果なのではなく《次の発想や行動のヒント》だということです。

3.たとえば決算分析等で一歩踏み込める時

たとえば、前期の決算を前々期の数値と比較している時には、《業績の落ち込み状況》に対し、単に『へえ、そうか』とは捉えず、まず『何が直接的な原因だったのか』と探し始めることが肝要になります。そうすると、普通は《年度合計》の数値では物足りなくなるでしょう。平均や合計は現実ではなく《加工された数値》であるため、そこから現実を探るのは困難だからです。
そのためたとえば、まずは《月次の試算表》に目を向けてみます。試算表も月合計ですが、活動時期が月単位で明確になる分、現実行動の記憶と照合しやすくなるからです。

4.落ち着いて過去の実績を振り返れる環境

早速照合してみると、特に4月の試算表の数値が、例年になく悪かったことが分かったりします。特定商品の売上が、異様な程に落ちているのです。もちろん、4月の試算表検討時にも分かっていたことですが、その時は『5月以降で取り戻そう』と、先のことしか考えませんでした。
しかし、年度決算検討に至ると、違った印象が芽生え始め得ます。それは『なぜ4月にこの商品の売上が落ちたのだろう』という、ある種、落ち着いた(客観的な)疑問です。それは、焦っていた5月には持てなかった感覚かも知れません。

5.不振原因を見つけた際に考えるべきこと

そして、何らかの《原因》を見つけ出します。その理由は、もしかしたら、営業担当者が新型コロナ感染で2週間休んでいたからかも知れません。ここで『あ、そうか』で終わると、この原因追究(分析)は意味の薄い徒労に終わります。
そうしたくない経営者なら、『これ、もっとやり様はなかったのかなあ』と考え始めるでしょう。担当者が2週間も穴をあける時、経営陣や社内の関係者に《できること》はなかったのでしょうか。もちろん全くないかも知れませんが、『ああ、こうしていれば良かった』と思い当たることが出るケースも多いはずです。

6.具体的後悔が先行き計画のベースになる

この『こうしておけば良かった』という後悔は、自然な形で『次に同様のことが起きたら、こうしてみようかな』という思いを生みます。精緻なものではなくとも、その《思い》は既に《計画》なのです。いわゆる教義的な経営計画でなくとも、それは貴重な経営計画あるいは行動プランです。
《分析》や《計画》というビジネス用語ではしっくり来ない場合でも、《分析 ⇒ 経験》あるいは《計画 ⇒ 知恵》と言い換えるなら、身近な発想がしやすくなるかも知れません。どんなに貴重な経験をしても、その状況を可能な限り客観的に振り返り、『もっとやり様がなかったのか』と考えないなら、その経験は知恵にならないからです。

7.代り映えしない企業が有しがちな特徴?

その企業のビジネスが、いつまでたっても代り映えがしないなら、それは経営者が『もっとやり様がなかったか』と考えず、その周囲の人たちも、《別様のやり方》を考えなかったからかも知れません。そして《別様のやり方》を考えて、それを《試行》し、その結果を更に《分析》するという姿勢がなければ、同じ失敗を何度も繰り返す、あるいは同じレベルに留まり続けるのは《当たり前》に見えて来ます。
つまり、決算分析や計画経営のテーマの下で、経営者を指導あるいは支援する際の要旨は、《①問題の在り処》が探しやすくなるようなデータを提示し、《②問題の要因》を経営者と一緒に見つけ出し《③別のやり様がなかったか》の検討を行うことにあり、更に一歩先に進むには、そのやり様を《④将来試しができるプラン》にすることあると言えるのです。

8.指導は焦点を絞り込んだ前向き発言で…

計画経営指導を漠然と理論的に捉えると、考えれば考える程《難しい》ものに思えて来ます。その理屈や方法が容易に把握できる時でも、『それを経営者に分からせる』のは至難の業に見えるのです。しかも、勇気をもってトライしても、なかなか成果が出ません。
しかしここで、『ああ、何と中堅中小企業のレベルは低いことか…。』と即断するのは適切ではありません。大企業の経営陣が計画志向に至りやすいのは、経営トップが変わることで、自然に『前の経営者とは違うやり様を探す』からに他ならないのです。特別に優秀なわけではないかも知れません。
そのため、決算指導も計画指導も難しく考えず、『もっとやり様がなかったか』を考えるお膳立て(データ準備)と、一緒にやり様を考える時間作りと、『今度試してみましょうね。そうすれば、この程度の業績は確保できますよね』という計画ベース形成に徹するだけで、うまく行くケースが増えるはずなのです。

9.頑迷な相手に対しても《やり様》がある

ただし、過去を振り返るのも、うまく行かなかったことを明るみに出すのも、更には《別様のやり方》を考えるのも、極端に嫌がる経営者はいます。それはプライドが高いからではなく、現実を見ることに臆病だからだと思います。たぶん、心が非常に弱いのです。
そんな経営者は、他者を脅かし、委縮する姿を見て『私も結構強いではないか』という自己確信を抱こうとしがちですので、威圧的な態度に終始する傾向が強いはずです。
しかし、威圧されても驚かず、問題を感じても批判せず、弱みを握ってもそれを利用せず、粛々と《事実》を見て、『いやあ、社長ならもっとうまくやれたのではないですか』という前向き姿勢に徹するなら、問題児へのコンサルティングも、そんなに不愉快なものではなくなると、経験上思います。

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